奈良橋庚申塚墓地に子抱地蔵尊があります。
墓地入り口から右手数体の石造物がまつられれている中の一体です。

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文化4年(1807)、「女念仏講中」がまつりました。
村山貯水池に沈んだ宅部・内堀地域の女衆です。

左側面には「内堀村」と彫られています。
この時点では、同地域は「宅部村」でしたがあえて念仏衆は「内堀村」を彫り込みます。

内堀への強い思い入れがあった事が伝わります。それだけに露座が気に懸かります。

錫杖に手を回す子供ともう一人、左腕にがっちりと子供を抱えています。

残念ですが、頭部が欠けています。

下の子は太い錫杖に、これ以上にない位、しっかり手を添えて、前を見つめています。

抱きかかえられた上の子は両手を唇にしゃぶっているのでしょうか?
人口減、子育て施設の不足、親子乖離・・・いろいろありますが
江戸時代末の内堀村の女衆には、さらに切実な願いがあった事が偲ばれます。
でも、錫杖は頑丈で、子を抱き抱える手は強力です。
(2017.09.18.記)