蓮華寺の歴史

蓮華寺の歴史

寺 名 石澤山愛染院蓮華寺(れんげじ)
所在地 東大和市芋窪三丁目1603
宗 派 新義真言宗 豊山派
本 尊 不動明王
多摩新四国第四十番霊場

蓮華寺本堂

 蓮華寺の歴史を辿ると、寺の建立した石碑に刻まれた日時と他に記された文書による日時との間に違いがあります。このページでは両方をそのまま紹介します。

寺伝(石碑から)

弘法大師一千百年御遠忌報徳之碑
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 江戸時代の地誌は開山、開基の年月を伝えないとします。しかし、寺では、門を入って右手にある
「弘法大師一千百年御遠忌報徳之碑」(昭和9年・1934)には
・文禄年中(1592~1595)に承圓法印が芋窪村下石川(村山貯水池の湖底に沈んだ)に「蓮花坊」として開創した
・寛永9年(1632)中に、承雲和尚が蓮花寺と改称し号を石澤山愛染院とした
・天保9年(1838)11月、火災に遭い、天保14年(1843)9月に、清和和尚が本堂を再建した
 ことが刻まれています。

 天保9年(1838)、明治3年(1870)と住職不在の記録(内野家文書)が残ります。
 この状況を一挙に改善したのが第24世栄雲和尚でした。教義を高め寺門を興隆させと前記「報徳之碑」にはその功績が刻まれています。

 栄雲は当時の小学校「昇隆学校」の権訓導で、三多摩で最初とされる自由民権運動の学習結社「衆楽会」の会長を務めました。明治11年(1978)1月17日、その最初の学習会を蓮華寺で開催し、五箇条の御誓文をひきながら積極的な学習を説いています。

蓮華寺旧地 村山貯水池建設により移転する以前は丘陵南麓の村人達も一峰超えて蓮華寺に集った
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 蓮華寺は、大正12年(1923)、村山貯水池建設のため、寺を現在地、墓地は現芋窪五丁目立野橋の付近に移転しました。
 その後については、「弘法大師 興教大師 御遠忌記念顕彰碑」に、昭和49年(1974)より平成4年(1992)に至る間、壇信徒のご賛助ご志納金により本堂、玄関、客殿、鐘楼堂を建立とあり、現在に至ります。

地誌類の記録

 寺伝とは違うところがありますが、原文のまま紹介します。

湖底に沈んだ蓮華寺 星野晴一氏画像をもとに復元
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1『新編武藏風土記稿』

 寺院 愛染院、除地、六畝、字前坂にあり、石澤山蓮華寺と号す、真言宗新義、中藤村真福寺の末、開山開基の年暦を伝えず、本堂八間半に七間東向、本尊不動木の立像長一尺三寸なるを安せり、

2『狭山之栞』

 石澤山蓮華寺愛染院

 石澤山蓮華寺愛染院は真義真言宗中藤村真福寺の末也。本尊不動明王の座像は惣長四尺余本体一尺八寸許り両童子各一尺八寸程にして開基草創未詳。
 中興開祖承雲法印は寛永八(1631)辛未年四月十二日入寂す。

 法流開基は寛保三(1743)癸亥年十一月二日法印賢真の代に真福寺法印宥範より印可を受く。尚外に不動尊二体を安置す。位牌堂の本尊は座像の阿彌陀如來長一尺五寸許りあり。

 寛永六(1629)巳年十一月検地の節、字石川の名のもとに畑四畝廿四歩寺屋敷共蓮華坊へ下附せられ一切凡そ二町歩あり。檀家百廿五戸。(以下省略)

   蓮華寺脇仏薬師如来は狭山三十七番の霊場なり
 

蓮華寺旧地と現在位置
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3『東大和市史資料編8』信仰のすがたと造形 蓮華寺

 寛永八年(一六三一)四月十二日入寂した承雲を中興開祖とするが、当寺の草創・開山、開基は不詳である。寺記によれば、承雲の入滅に先立つ寛永六年(一六二九)十一月に検地のことがあり、寺屋敷ともに畑四畝二十四歩が蓮華坊へ下付されている。その後寛保三年(一七四三)十一月二日。法印賢真の代にいたり、中藤村真福寺法印宥範より印可を受けたと伝えられる。

 このことをもって法流開基とする。天保十年(一八三九)に火災があり、同十四年に再建されている。それまでにも火災にみまわれ、あるいは無住の時期(天保八、九年の頃)もあるなど荒廃をくりかえしてきた。(中略)

 大正十二年、貯水地の建設にともない現在地に移転した。移転とともに旧地から移した石造物も多い。
 昭和十九年(一九四四)、第二次世界大戦の最中都内赤坂小学校の児童の集団疎開を受入れ、翌年には戦災孤児となった十三名の子供たちの世話をしている。寺は宗教的活動ばかりでなく、こうしたいわば福祉活動やあるいは寺子屋といわれるように教育活動をおこなうものも多くあり、地域の発展に大きく貢献していることも忘れてはならない。
(『東大和市史資料編』8 信仰のすがたと造形p53~54)

現村山上貯水池 蓮華寺の旧地は画像の一番奥になる

 蓮華寺に隣接して保育園があり、子供さん達の賑やかな声が新しい時代を築くように響きます。
 蓮華寺の旧地は村山上貯水池の奥まった地域です。現在、堰堤は自動車交通が激しく、また、周囲道路からも直接の確認が出来ないのが残念です。

 (2019.04.11.記 文責・安島喜一)

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