モニュメント・桜(11)

 桜街道の一隅に、人だかりがします。

 桜街道の桜の木のもとに設置されたモニュメント・桜
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 「あれ何・・・?」
 「お地蔵さんの代わりでしょう・・・?」
 「市が置いてるらしいよ」
 「市って、宗教に関するものは置けないはずじゃない!」
 疑問の中で、話が盛り上がります。
 桜街道もイトーヨーカドーの近くです。さくら苑、都立東大和南公園に向かう道路の交差する三角地です。
 近寄ってみると

モニュメント・桜
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「よくよく見れば、桜の花びらじゃない」
「ホントだ」

 ようよう、合点がいったようで、そばに居る者としても安心しました。 
 お地蔵さんではなくて、モニュメントの「桜」です。作品紹介として

 モニュメント・桜 場所:東大和市桜が丘 設置日:平成4年1月29日
 材質:小松石 サイズ:H2300×W1200×D1000センチメートル

 「村山団地から東大和市駅を抜けて小平へ向かう旧青梅街道は、かつて江戸街道とよばれた美しい桜並木になっていました。
  この桜並木は明治十五、六年頃に植えられ、小学校の遠足の場所でもありました。また、並木道を使って運動会が行われたりしたそうです。
  この見事な桜並木も昭和二十年四月二十四日の空襲で付近がほとんど壊滅状態になり、大部分がなくなってしまいました。
  市では、桜並木を復活させるため、この道路の街路樹に桜を植え、道路の愛称も桜街道としました。」
と説明されています。

桜街道 進行方向が奥が青梅方面
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 愛称・桜街道を象徴するモニュメントですが、この道路、「旧青梅街道」で、江戸時代の広域交通路でした。
 青梅・成木で生産した石灰を積んで、「御用」の旗印を立てて、ここを通り、小川村(小平市)で中継ぎをして、江戸に運んだ道でした。
 また、青梅橋で一休みした御岳参りの旅人が、ここに来て、真っ正面に見る富士山を菅笠をあげて感嘆した道でした。
 昭和に入ると、東京ガス電気工業(株)、日立航空機工業(株)の航空機エンジン製造工場が建設され、爆撃を受けて焼け野原になりました。

東京瓦斯電気工業(株)の工場・社宅とモニュメントの位置 クリックで大

 モニュメントの前にある桜街道から南側が工場地域でした。
 正面を斜めに入る道は、その両脇に社宅が建ち並び、工場に通う通勤道路で富士見通りと呼ばれました。幸いに社宅地域は爆撃から免れました。
 左側の住宅のところには青年学校が建てられ、全国から青少年が徴用されました。後に、市の最初の中学校になりました。
 画像のモニュメント右側を通る道の先は、一時、米軍大和基地でグラウンドになっていました。

富士見通り方面を見るモニュメント
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  モニュメントの後ろ姿は、その経過を見つめて、じっくり語りたいかのようです。
  AIの時代、やがて、どこかスイッチを押すと画像と共に案内の声が聞こえるようになる事を夢見ます。

  (2019.04.21.記 文責・安島喜一)

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