村山貯水池に沈んだ地域には次のような地名の地がありました。
中央を流れる石川を中心に集落が点在していました。

村山貯水池小字色完のコピー

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 工事のための移転は大正4年(1915)に始まり、162戸の方々が、多くは市内の狭山丘陵の南の原に移転しました。
所沢市、東村山市、武蔵村山市、小平市などに14戸の方が移られています。
家財道具を運ぶのに狭山丘陵の坂に、悩まされました。
お墓を動かすのが大変だった話が伝わります。
慶性院、蓮花寺、御霊神社、三光院、氷川神社などが、現在の場所に移転しました。

村山貯水池移転状況軒数完(クリックで大)

 そして、次のような史跡を残し
東大和市に伝わる貴重な数々のよもやま話
が谷から移って丘陵の南麓で語られるようになりました。

・慶生門
・多摩ローム層の露出地
・豊鹿島神社奥の宮
・たっちゃん池

・モニュメント 
 木綿絣

・よもやまばなし
 内堀部落の女堰、 厄神さま、 辻しょうげ、 村山絣、 野外映画
 出ば出ろ、 ぶんさんのはなし、 馬方勝っあん
 清水囃子のけいこ、 三日の正月、 藤兵衛さんと狼
 槌頭(つちんど)、 きつねの嫁どり・きつねの嫁入り、 いたずらぎつね
 きつねの恩返し、 こさ池とかゆ塚、 石神の話、 いかづちさま、 力石

・東やまと20景
 多摩湖(下貯水池)、多摩湖サイクリングロード、多摩湖橋と上貯水池

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