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鹿島様の欅

(クリックで大)  青梅街道から豊鹿島神社の表参道を進むと左側に大きな欅が目に入ります。 (クリックで大)  手前にモニュメント「ふくろう」があり、その向こうに太い枯れた空洞の幹があります。  尾﨑荘助氏は『大和村史稿』 …

豊鹿島神社本殿棟札 本物の凄さ

 豊鹿島神社の本殿は、社殿の奥に鎮座します。わが市の誇りです。少ない中世建築物の中で、文正元年(1466)十月三日に創建されたことが明確だからです。得がたい室町神社建築物として高く評価され、東京都の有形文化財として指定さ …

豊鹿島神社 創建伝承と江戸時代の地誌

 豊鹿島神社の創建について、神社パンフレットは江戸時代の地誌『新編武蔵風土記稿』と『武蔵名勝図会』記載の社伝を引用しています。その原文は次の通りです。 (クリックで大) 左 雄山閣版『新編武蔵風土記稿』 右『武蔵名勝図会 …

豊鹿島神社

(クリックで大)  祭神 武御加豆智命(たけみかづちのみこと) 東大和市内で最も古い創建の伝承(慶雲4・707年) を持ちます。  現在の本殿は、文正元年(1466)の創建棟札を残し、東京都内で最古の室町神社建築物です。 …

狭山丘陵の小さな神まつり

狭山丘陵を歩くと、小さなお宮に出会うことがあります。多くが、屋敷神として個人のお宅でおまつりしていますが、東大和市の蔵敷地区(熊野神社、太子堂などの裏)に、村中でまつった三つの小さな祠があります。その一つの神の名が不明で …

行人塚(ぎょうにんづか)

 東大和市に残る姨捨山伝承です。  村山貯水池に沈んだ地域に伝わりました。二つ池から北の方角になります。谷ッが大きく入り込んだ高台を大筋端と呼びました。現在、湖畔一丁目に大筋端公園として小字名が残されています。その北側、 …

馬方勝っあん

 「東大和市立奈良橋市民センター」の前庭に、馬と荷車の上に寝そべる美男子のモニュメントがあります。  「馬方かっあん」です。  村山貯水池が建設される前の話です。狭山丘陵の南麓と湖底に沈んだ地域とは生活圏を共にしていまし …

仁王さまと名物だんご

 ジカウイルス問題が浮上し、インフルエンザ・風邪がはやり、早くも花粉情報が気になる季節になりました。かって、東大和市周辺で流行ったのが「はしか」でした。  身近に医師が少なく、ほとんど病院がなかった頃です。はしかは命取り …

東大和市は海の中にあった

 こうお話しても、たいてい「ウソだ―」と疑いの視線が帰ってきます。  でも、東大和市の歴史に関する説明はそこから始まります。  (クリックで大)  左は『東大和市史資料編2多摩湖の原風景』の扉、村山貯水池建設の際に、現在 …

たっちゃん池

 西武多摩湖線・武蔵大和駅を降りて、村山下貯水池の堰堤に向かうと、すぐに、都立狭山公園があります。公園の中の道を進むと右側に池が見えてきます。 (クリックで大)  東大和市では「たっちゃん池」、東村山市では「宅部池」(や …

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