ブログ

豊鹿島神社に関わる地誌の記録

豊鹿島神社に関わる地誌の記録  豊鹿島神社に関わる江戸時代の地誌には『新編武蔵風土記稿』『武蔵名勝図会』『狭山之栞』などがあります。いずれも豊鹿島神社の江戸時代の姿を伝えます。内容が豊富で、示唆に富んでいます。原文の一部 …

豊鹿島神社の歴史(東大和市)

豊鹿島神社の歴史(東大和市)  豊鹿島神社の歴史を辿ります。最初につくられたのは慶雲4年(707)と伝えます。東大和市内で最も古い神社になります。  現在の本殿は文正元年(1466)に創建されました。応仁の乱の前年です。 …

中世の村・廻田谷ッ(東大和市)

中世の村・廻田谷ッ  東大和市内で中世の村落の姿をそのまま見るのは困難です。幸い湖畔三丁目に、二つ池公園があり、周辺から平安時代後半から中世にかけての遺跡が発見されています。  湧き水、平安時代遺跡、谷ッの水田、板碑、寺 …

千葉卓三郎が奈良橋村に滞在(東大和市)

千葉卓三郎が奈良橋村に滞在  五日市憲法草案の作成にあたった千葉卓三郎が奈良橋村(現・東大和市)の鎌田家に滞在していました。明治14年(1881)5月~9月にかけてのことです。当時、千葉卓三郎は深沢村(現・あきる野市五日 …

奈良橋自由懇親会(東大和市)

奈良橋自由懇親会(明治14年(1881)11月21日)  東大和市域内で行われた自由民権演説会は、芋窪村の学術演説会(昇隆学校・豊鹿島神社境内)、狭山村の自由懇親会(円乗院、高木・狭山・清水村地域)に引き続き、奈良橋村で …

RSS 狭山丘陵の麓で

  • 紫の花 2019年11月20日
    紫の花脊柱管腰部狭窄症から、まだ杖をついて歩いています。大きな道路を渡れないので「早くどうにかならないか」と、 […]
  • 藁で飢えを凌げ 2019年10月28日
    藁(わら)で飢えを凌げ 江戸時代の東大和市域のことを調べています。恐れ入ったお触れを紹介します。 天明時代は天 […]
  • 杖で歩く 2019年10月10日
    杖で歩く 脊椎管狭窄症からの回復を目指して、足のふらつきを支え、防護もかねて、杖を頼りに少しばかり歩いています […]
  • 兎も角痛かったです 2019年10月1日
    兎も角痛かったです すっかりご無沙汰してしまいました。 実は、脊柱管腰部狭窄症と不整脈が重なりました。ストレッ […]
  • 残暑お見舞い 2019年8月24日
    残暑お見舞い 酷暑と残暑に身体が対応しないらしく、家で静かにしています。 丁度、良い機会と、古い写真の整理を始 […]

最近のコメント

PAGETOP
Copyright © 東大和の歴史 All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.