外出自粛

「ステイホーム」聞いたことあると思ったら「ホームステイ」昔、憧れたこと思い出した。
1日1回出かける先があったが、いま、犬同様「ハウス!」と言われ時間を持て余している。

東大和市文化遺産とも言える「里正日誌の世界」を読もうと思いながら、ちらっと見て本棚に返していたが、外出自粛を利用して思い切って読み出した。
(里正日誌は、貞永元年(1232年)から明治6年(1874年)旧蔵敷村名主内野杢左衛門が3代(内野家は代々杢左衛門を通称)にわたり行政、村に起きた日々暮らしの中の出来事を記録した資料である)

「里正日誌の世界」は、安政元年(1854)から明治2年(1869)年のいわゆる激動の時代にスポットをあてペリーが9隻艦隊を伴い江戸湾に来航、日米和親条約締結から徳川幕府の崩壊、大政奉還、王政復古へと変化の中で村人達の諸負担それに対する防衛手段等が記録された資料となっており、テーマ毎の解説、原文、読み下し文、現代語訳、語句解説それに各種備品、道具類、生活用品等資料(原文写真、生活民具等内野家所蔵資料ほか)を多くの市民にわかりやすく編纂されている。

 

12項目の主題(テーマ)のうち特に興味を引いた5項目目の「内願(請託)
によって増助郷免除一件」である。
幕末開国のとき国の内外とも騒然として治安も悪化、特に攘夷運動の激化により
緊張感が高まった。
江戸湾防備のため杉並区、新宿区に火薬庫の設置されたが、反幕府勢力の爆破に恐れそのために備えて警備の必要上、内藤新宿の助郷(宿場への人馬提供)をしてい
た杉並、世田谷の村々が、火薬庫の警備に変更となったため内藤新宿の助郷が
多摩の村々に賦課の要請があった。
そこで、蔵敷村名主内野杢左衛門は、この内藤新宿助郷要請を阻止しようとして
役人に請託(賄賂を贈って)により助郷免除を勝ち取った。
その間、杢左衛門は、役人をはじめ関係筋に根回しを繰り返し内藤新宿助郷
免除に至るまで精力的に動いている。
その関係筋とのやりとりの中に代官宅出入りの植木屋藤兵衛下代大阪屋八十八
なる人物が手紙のやりとりにかんでいるのである。
役人及び関係筋にお礼(請託)をし、その分担額は、村々の所持高に応じて負担している。

今も昔も変わらず役人を動かすために賄賂を贈って利益を得たり、負担を免れたり
していたことがうかがえる。