モールス符号

モールス信号とパラサイト(半地下の家族)
地下壕に隠れている男が、地下にある電気のスイッチを
押して地上の街灯を点滅させて助けを求める。
モールス信号で助けを求めた。

昨年アカデミ賞を受賞した韓国映画の一場面である。

今、モールス符号は、殆どアマチュア無線でしか使われ
ていない。しかも、打鍵できるハム(アマチュア無線愛好家)
は、上級者の一部である。

1993年(平成5年)TAMAらいふ21「VOICE93」が
立川市で行なわれた。
「多摩21くらしの祭典」として様々のイベントが行なわ
れた。
多摩地域が、1893年(明治26年)神奈川から東京に
移管され1993年(平成5年)に100年を迎えた。
まちづくり運動として「多摩の流れをつくる」「多摩
の文化を楽しむ」「多摩の交わりをはぐくむ」「多摩
の自治を考える」と多摩32市町村365万市民によるイ
ベントが1993年(平成5年)7月31日~11月7日100
日間にわたって行なわれた。

 

この年、私は、32年勤めた会社を退職して第二就職先
探していた。
自宅と勤務先の往復の生活が32年間続けた。趣味らし
きものは何も身につけていなかった。
ただ一つ会社勤めしている間に同僚から誘われて夏休
みを利用してマチュア無線技士(無線従事者免許証)
の講習会を受けて免許を取得した。45歳の時である。
しかし、無線局は開局せずにペーパードラバーであっ
た。

退職を機に、26歳でこの土地に住まいを求めて終の
すみかと決めた以上、地元の人とのお付き合いをして
この町の暮らしぶりになれ親しみより良い余生を送
りたいと考えた。
そんなとき、地元にアマチュア無線クラブがあるのを
知った。
早速、クラブに加入し開局の準備を進めた。
クラブ会員のお手伝いで送受信機を購入し、アンテ
ナを設置し、アマチュア無線局を開局した。

クラブの交信(QSL)カード

日本アマチュア無線連盟東京支部は、実行委員会を
組織して、この「多摩21くらしの祭典」に参加した。
会場の国営昭和記念公園の一角にログハウスを建て
そこを基地局として特別局「8J1TAM」を開局した。
100日間公開運用、ラジオ工作、講演会等様々の行
事が行なわれた。

この機会をとらえて私は、公開運用のオペレーターと
して参加し無線局開局デビューした。
”CQ CQ  こちらは8J1TAM多摩21くらしの祭典
特別局です。お聞きのステイションいらしゃいましら
受信します。”

こうしてアマチュア無線愛好家(通称ハムという)に
仲間入りをすることができたとともに地域社会に足を
一歩踏みいれることとなった。

その後、文化協会、公民館運営審議委員と活動を広
げていった。

なお、冒頭のモールス符号「SOS」英文では

SOS(助けて)S・・・ O――― S・・・
となる。

昔、アマチュア無線は、「キングオブホビー」と言
われたが、その面影は薄れ、一時の隆盛はなく199
5年平成7年136万局をピークに減少傾向に入り、携
帯電話の普及に連動するかのように25年後の今、40
万局を割っている。

ところが、外国の場合では、ヨーロッパでは、横ばい
アメリカでは増加傾向にある。携帯電話は、日本と同
じように普及している。何が違うのか?

日本人と欧米人のホビーに対する向き合い方が違うのか。

無線局開局の基本的基準は、「金銭上の利益のためで
なく個人的な無線技術の興味によって自己訓練、通信
及び技術的研究」となっている。
しかも、送受信機操作のために国家試験(講習会受講
も可能)により無線従事者免許証が必要である。開局
にあたっては、無線局免許状を取得してコールサイン
(無線上の名前)を名乗って交信する。

携帯電話を使うようにはいかない。

今、総務省は、電波法施行規則の一部を改正して
「アマチュア無線の社会的貢献活動」(大災害時
における災害情報の提供等)
「小、中学生のアマチュア無線の体験機会の拡大」
を検討している。

起死回生の効果がどの程度あるか。

 

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