郷土史資料館を失う
安島さんの思い出
亡くなられて1ヶ月が過ぎた。
おこがましいが、せめて思い出だけでもととりとめもなく述べさせていただき偲んでみたいと思います。
安島さんは「東大和どっとネット」(以下どっとネットという)の設立に尽力され育て上げられたメンバーの一人です。
「東大和どっとネット」設立に意欲を燃やす
平成27年(2015年)から3年計画で始まった「ここがふるさと東大和の魅力発見発信隊」公民館講座がきっかけとなって「東大和どっとネット」がスタートしました。
それまで、安島さんのことは余り知りませんでした。公民館で行なわれる郷土史の講座に市民に伝える情熱には敬服した覚えがあります。安島さんの公民館講座の資料は沢山ありますが書籍になっているものは見たことはありません。どっとネットの設立に意欲を燃やされたのは、ネット時代にふさわしい発信ツールを模索しておられたからかと思います。
どっとネットの投稿記事アクセス数は常にトップ10をキープ
定期的に投稿される「東大和の歴史」はファンも多くアクセス数は常にトップ10に位置する人気記事でした。お忙しくてしばらく記事が載らないとどっとネット全体のアクセス数にも影響します。また、フアンからも最近投稿がないがと問い合わせもありました。安島さんの文章は、歴史用語を軟らかく読みやすくストリー性を持たせたり、会話形式にしたりと歴史に詳しくない人や子どもにも分りやすい優しがありました。また、語り部のような存在でもありました。
さらに、「たっちゃん池」(東大和の歴史)(平成29年(2017年)6月26日)の記事は、長く読み続けられアクセス数もかなりありました。(心霊スポットとの噂も)
東大和デジタルアーカイブに期待
令和元年(2019年)3月「東大和デジタルアーカイブ研究会」が発足しました。
令和4年(2022年)3月「東大和デジタルアーカイブ」のサイトが公開されました。
東大和の歴史資料を後世に残すためデーターを収集し整理して保管するデジタル歴史館を市民の手で作ろうと研究会が立ち上がりました。
この活動には、デジタル化に当り市の史料に加えて安島さんの蓄積されていた郷土の歴史資料や写真類が大きく役立つことになりました。アーカイブ化された主な内容として①明治時代・自由民権運動②大正時代・村山貯水池の建設③昭和時代・軍需産業と爆撃・米軍大和基地・都市化などです。
加えて「東大和の昔と今を記録しよう。」と都市化に伴う大和町から東大和への街の移り変わりを3世代に渡り同じ場所を写真に残して記録として「東大和デジタルアーカイブ」のサイトに加えました。この企画も、安島さんが十数年前に公民館企画講座にて取り上げられた街角の記録写真が下地となっています。
安島さんは、「東大和デジタルアーカイブ」サイトに大変に期待されていました。
比翼の連理(ひよくのれんり)
この言葉は、安島さんに教わりました。歴史講座にて高木明楽寺墓地にある比翼塚のいわれを説明された時に教えられた言葉です(夫婦睦まじいこと)。いつも散歩や買い物は、夫婦連れ添っていらっしゃるところをよく見かけました。まさに比翼の連理でした。奥様が、体調を崩されて入院された後、一人暮らしの寂しさを嘆いておられました。そのときは面やつれして体調が悪そうでした。
毎年、秋日和の文化の日、私が育てた大菊をご自宅に届けていました。玄関先に迎えてくれたご夫妻が菊を見て満面笑顔でお褒めいただいたり愛でていただいたことが忘れられません。