2021年2月27日 / 最終更新日時 : 2023年7月31日 musashinoaj 8現代 東大和市の地名4(野火止用水まで) 東大和市の地名4(野火止用水まで) 東大和市域の村々は、1670年代になると、下図のように、南台、新街道、大久保、向原、山神、下仲原等の地域を開墾し、野火止用水周辺にその動きを進めてきました。 寛文9年(1669)、 […] 共有:Tweet
2021年2月23日 / 最終更新日時 : 2021年2月27日 musashinoaj 8現代 東大和市の地名3(江戸街道から原まで2) 東大和市の地名3(江戸街道から原まで2) 1660年~70年代になると、ほぼ江戸街道の辺りにまで、開墾が進んできました。 高木、後ヶ谷、清水村の人々は南に広がる広大な原野を前に、心新たに開墾の意志を固めたと想像します […] 共有:Tweet
2021年2月21日 / 最終更新日時 : 2021年2月23日 musashinoaj 8現代 東大和市の地名(3江戸街道から原 1) 東大和市の地名(3江戸街道から原 1) 1谷地を望む台地縁辺 狭山丘陵の懐に生活の基盤を置いた村人達は、まず、南の砂の川(空堀川)を目指して開墾を始めました。 麓の村から、砂の川へは下りが続き、川を越えてまたのぼり […] 共有:Tweet
2021年2月7日 / 最終更新日時 : 2023年7月31日 musashinoaj 8現代 東大和市の地名(2江戸街道まで) 東大和市の地名(2江戸街道まで) 「さー、始めんべえや!」 「よーし、やんぞー」 「負けちゃー、いられねえーぞ」 承応2年(1653)に玉川上水、そして、承応4年(1655)に野火止用水が開削されました。 その分岐点 […] 共有:Tweet
2021年2月5日 / 最終更新日時 : 2021年6月8日 musashinoaj 8現代 東大和市の地名(1地名のあらまし) 東大和市の地名(1地名のあらまし) 「おれーらの芋窪って村の名前は、どうやってつけたんだや?」 「芋と窪だぁから、芋が、窪(くぼ)い畑で、うんととれたんだべ」 「そうじゃねえ、おらが爺の話だと“井の窪”で、水がた […] 共有:Tweet