2018年2月22日 / 最終更新日時 : 2020年9月14日 musashinoaj 6中世 石神の話(東大和のよもやま話) 村山下貯水池の建設とともに、湖底に沈んだ上宅部に伝わる話です。下の堤防から二つの取水塔が見えます。その奥の方に近いところでした。 そこは、石塔前という特別の名前で呼ばれていました。村人達にとって、大事な大事な「石神」様が […] 共有:Tweet
2018年2月20日 / 最終更新日時 : 2021年12月6日 musashinoaj 7近世 かたき討の話(東大和のよもやま話) 天保年間、天候が安定せず、飢饉、物価高が続きました。80%の村人達が飢えて、お互いに融通し合って過ごす中で、行き倒れや捨て子の記録とともに、長脇差や刀を帯びた「無宿」や「渡世人」が渡り歩いたことが伝えられます。 その […] 共有:Tweet
2018年2月18日 / 最終更新日時 : 2021年4月19日 musashinoaj 1大まかな歴史の流れ 大まかな歴史の流れ 5 近世 4 荒れる村 1踏んだり蹴ったりお犬様 狭山丘陵周辺の生類憐れみの令 延宝8年(1680)8月、五代将軍に綱吉が就任します。武蔵野開発に力を入れた三代将軍家光の四男です。放漫になりかけていた幕制改革に着手しました。一方で、生類憐れみの […] 共有:Tweet
2018年2月12日 / 最終更新日時 : 2020年10月2日 musashinoaj 1大まかな歴史の流れ 大まかな歴史の流れ 5 近世 3生産性の低い新田 農間稼ぎ 1 空堀川までが日常生活圏 早くに済ませた新田開発 一般的に大々的な武蔵野の新田開発は享保7年(1722)、江戸日本橋高札場に掲げられた武蔵野新田開発奨励のお触れ以降急速に進んだとされます。 しかし、東大和 […] 共有:Tweet
2018年2月9日 / 最終更新日時 : 2020年9月14日 musashinoaj 1大まかな歴史の流れ 略年譜 4中世 略年譜 4中世 1083(永禄3)~1087年(完治元年)後三年の役 宅部「御霊神社」について、鎌倉権五郎景正の家臣寺島小重郎がこの地に棲みつき、主君の霊を祀ったのが創始と伝えられ、小十郎は内堀を名のり神社に奉仕したとい […] 共有:Tweet
2018年2月6日 / 最終更新日時 : 2024年3月5日 musashinoaj 1大まかな歴史の流れ 大まかな歴史の流れ 5 近世 2 玉川上水・野火止用水の開削、細長い村 1玉川上水・野火止用水の開削 江戸市中の整備・家臣団の集住 江戸市中の整備が進むにつれ家臣団が江戸に集住するようになりました。 ・元和2(161)駿府詰めの家臣団が江戸に移住、神田台を開拓、駿河台と称しました。 ・寛永 […] 共有:Tweet
2018年2月3日 / 最終更新日時 : 2023年7月19日 musashinoaj 1大まかな歴史の流れ 大まかな歴史の流れ 5 近世 1江戸時代初期 1徳川家康の家臣がやって来た 八王子城の落城 天正18年(1590)、豊臣秀吉の小田原城攻撃により、戦国大名の後北条氏は滅びます。東大和市の周辺では、6月23日、八王子城が前田利家、上杉景勝の攻撃により落城しました。家臣 […] 共有:Tweet