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よもやま話

藤兵衛さんと狼(よもやま話)

東大和市にも、村人と動物が一緒に過ごす時代がありました。 大正初めから昭和2年(1927)にかけて村山貯水池が建設されますが、そのずっと前です。 湖底に沈んだ地域には古村があり、南麓の地域とは峠を越して結ばれていました。 …

赤っ風(よもやま話)

最近はほとんど見られなくなりましたが、昭和30年代初め頃までは、目を開けていられないことがありました。『東大和のよもやまばなし』が「赤っ風」として語ります。 「赤っ風になっちゃうかな」 春先き強い西風が吹いてくると、村の …

力石

-東大和市モニュメント・10- 市民体育館の正面入り口の左側に、モニュメント・力石が置かれています。 そのヒョウキンな姿に、子ども達のよい遊び場になっています。  「オモシロイオジサンの顔」  「なんか重そうだけど、くれ …

俵かつぎ

「踏ん張って歩く姿かな?」 「どこまでも前進、前進でしょ!」 「だってェ・・・」  いろいろの声が湧き、思わず首を傾げます。 種を明かせば、「俵かつぎ」のモニュメントなんです。  東大和市上仲原公園にあります。  前回、 …

豊鹿島神社の要石3

豊鹿島神社の要石3(『東大和のよもやまばなし』) 芋窪通り、蓮花寺に隣接してこんもりした木々の間に豊鹿島神社の要石はまつられています。 鳥居をくぐりフエンスの前に進むと祠とその前に表面的には一抱えほどの石が目に入ります。 …

豊鹿島神社の要石2

豊鹿島神社の要石2(『武野遊草』) 要石に関しては江戸時代の見聞の記録があります。 寛政7年(1791)9月30日~10月12日にかけて、江戸青山の住人清痩園主人=石子亨が妻の父親である大久保狭南を訪ねて清水村(現・東大 …

豊鹿島神社の要石1

豊鹿島神社から青梅街道を経て芋窪街道を約400メートルほど南に進むと蓮花寺があります。その南隣に、そこだけこんもりとした森になっていて、鳥居があります。 左が蓮花寺で、手前が芋窪街道です。この鳥居の奥にまつられているのが …

槌頭(つちんど)

村山貯水池に沈んだ石川に伝わる話です。   村山上貯水池も一番西端に位置するところです。村の中央に湧き水を集めた川が流れ、石川と呼ばれました。石川には池がたくさんありました。槌ヶ窪(つちがくぼ)もその一つでした。池の廻り …

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