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砲台用ケヤキ運搬のため道普請をせよ

砲台用ケヤキ運搬のため道普請をせよ  ーペリーが去った直後の江戸湾の警備と村ー  幕末の日本を大きく変えたペリー来航です。嘉永6年(1853) ・6月3日、真っ黒な船体に蒸気を吹き上げて江戸湾に姿を現し ・6月9日、久里 …

黒船来航と村(嘉永6年)

黒船来航と村(嘉永6年)  泰平の眠りをさます上喜撰(じょうきせん 蒸気船)    たった四はいで夜も寝られず  黒船来航を機に江戸市中で、はやったという川柳です。上喜撰はお茶で、4はいと4隻がかけられて、当時の皮肉な状 …

諏訪山遺跡(縄文時代中期)

諏訪山遺跡(縄文時代中期)  東大和市の先史時代を語る代表的な遺跡の一つに諏訪山遺跡があります。限られた一部の発掘でしたが6軒の家の跡、5つの窯の跡、たくさんの土器片、石器が見つかりました。縄文時代中期、今から5000年 …

東大和市に古代からの人が定着する様子

東大和市に古代からの人が定着する様子  東大和市に古代から中世にかけて人々が定着する様子を追っています。多くの場合、狭山丘陵につくられた谷ッに見られそうです。その中から一例として「廻田谷ッ」(めぐりたやつ)を紹介します。 …

幻に消えた村山軽便鉄道2

幻に消えた村山軽便鉄道2  さて、いつ出来るのか? 村人達、村山貯水池建設関係者は最大の関心事として見守ったことでしょう。こうして調べている者も気をもみます。  ところが、ところがです。どうしたことか、免許が下付された同 …

幻に消えた村山軽便鉄道1

幻に消えた村山軽便鉄道1  もし出来ていれば、狭山丘陵南麓は、今頃、どのようになっていたかと興味津々です。  東大和付近の人々にとって、甲武鉄道(現・中央線)と川越線(現・西武鉄道国分寺線)が唯一の鉄道でした。そこへ、狭 …

豊鹿島神社本殿の棟札4(東大和市)

豊鹿島神社本殿の棟札4  豊鹿島神社本殿の棟札の続きです。慶長六年(1601)、正保三年(1646)の二枚について記します。特色は、施主がはっきりして、徳川家康、家光の家臣で、芋窪村(いもくぼむら)をおさめる地頭が大旦那 …

豊鹿島神社本殿の棟札3(東大和市)

豊鹿島神社本殿の棟札3  豊鹿島神社現本殿の棟札の続きです。創建棟札(文正元年・1466)、天文19年(1550)の棟札に続いて3枚目になります。 (3)天正4年(1576)棟札について   豊鹿島神社現本殿棟札に、天正 …

豊鹿島神社本殿の棟札2(東大和市)

豊鹿島神社本殿の棟札2  豊鹿島神社現本殿の棟札の続きです。創建棟札(文正元年・1466)に続いて、天文19年(1550)の棟札が発見されています。 (2)天文19年(1550)棟札について 表面    武州多東郡上奈良 …

奈良橋郷(東大和市)

奈良橋郷(ならはしごう)  狭山丘陵周辺の中世の郷に「奈良橋郷」がありました。狭山丘陵の中世の郷は一般的には ・丘陵北部 山口、久米川、荒畑、宮寺 ・丘陵南部 村山、宅部  とされます。これに加えて奈良橋郷があったことが …

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