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タグ : yomoyamabanashi

しし穴の話

 タヌキやキツネは化かされたり化けたりして里人と交流します。ところが、いのししは少し違ったようです。『東大和のよもやま話』は次のように語り出します。 モニュメント・いのしし(郷土博物館前) 「狭山丘陵には昔、猪が多く農作 …

三本杉

南側(芝中団地側)からの三本杉  東大和市蔵敷、北の青梅街道方面から入れば庚申塚を過ぎて間もなく、南の新青梅街道方面から入れば芝中団地の北側にこんもりとした木立があります。桜、欅など幾種類かの樹木が混ざっていますが、一番 …

鹿島さまの欅

  青梅街道から豊鹿島神社の表参道を進み、鳥居を潜ります。    左側に大きな欅が目に入ります。実はこの欅は2世の若木です。  現在の欅の手前に太い枯れた空洞の幹があります。  2003年(平成15)の状況  この欅につ …

たっちゃん池

 西武多摩湖線・武蔵大和駅を降りて、村山下貯水池の堰堤に向かうと、すぐに、都立狭山公園があります。     公園の中の道を進むと右側に池が見えてきます。    東大和市では「たっちゃん池」、東村山市では「宅部池」(やけべ …

仁王さまと名物だんご

  現在の医療からは想像できませんが、かって、東大和市周辺で流行ったのが「はしか」でした。 身近に医師が少なく、ほとんど病院がなかった頃です。はしかは命取りの病気でした。隣接する武蔵村山市に伝わる指田日記には、修験が祭壇 …

川端稲荷大明神

  青梅街道・奈良橋の交差点を少し西に進み、八幡神社、東大和市立郷土博物館への道を入ります。暫くして左側にお稲荷様が目に入ってきます。お稲荷様は川端稲荷(かわばた)、勘兵衛稲荷(かんべえ)、地頭稲荷(じとう)・・・と呼ば …

娘っこに化けた狐

 昭和13年(1938)のことです。狭山丘陵の南麓に旧来からの集落が営まれ、南はすべて畑でした。人家は一軒もなく、冬の夜など漆黒の原野が広まっていました。そこに、東京ガス電気工業(株)が進出して昼夜にわたる突貫工事が進め …

でいだらの井戸

「これって、誰?」  「ヤー、お久しぶり・・・」    思わずビックリする像ですが、「大多羅法師」(だいだらほうし)「デエダラボッチ」「だいだらぼっち」の巨大な頭部です。東大和市では「でいだらぼっち」と呼びます。  この …

いづみのまわり地蔵さん 続き

東大和市に来る前の順路  いづみのまわり地蔵さんは狭山丘陵南麓では瑞穂町域~武蔵村山市域~東大和市域~東村山市域の順にに巡行したようです。  中島恵子氏は、「巡行先は、いつごろからか月ごとにきまっていた。たとえば八月から …

いづみのまわり地蔵さん

「カンカンカンカン」甲高(かんだか)く冴えた鉦(かね)の音が秋空にひびき渡って、今年も「いづみの地蔵さん」が大和村にもまわってこられました。 狛江市和泉(こまえしいづみ)にある泉竜寺の延命子安地蔵(えんめいこやすじぞう) …

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