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東大和の歴史

幻の村山村騒動3

幻の村山村騒動3  明治34年(1901)、当時の東大和市域は、芋窪村、蔵敷村、奈良橋村、高木村、狭山村、清水村の6村で、高木村他五ヵ村組合村を構成していました。この組合村の村長が ・各村の合意を得ないで、いきなり各村を …

幻の村山村騒動2

幻の村山村騒動2    北多摩郡長から呼び出された高木村外五ヶ村組合会の議員達は、郡長と村長の一方的な進め方の背景に何かがあることを察し、反対の運動を郡長を統括する府知事に向けて続けます。 ⑦東京府知事に反対を訴え  明 …

幻の村山村騒動1

幻の村山村騒動1 突然の合併騒動  明治34年(1901)、村人達が唖然とする事件が起こりました。当時、東大和市域では、芋窪、蔵敷、奈良橋、高木、狭山、清水村の村々が集まって「高木村他五ヵ村組合村」を構成していました。 …

庚申塔をまつった背景(東大和市)

庚申塔をまつった背景  庚申塔を拝すると、文字を刻んだものもありますが、多くが真ん中に怖い顔をした像が彫られ、周りにいろいろなものが彫られています。庚申塔をまつった背景が辿れそうなので、この謂(い)われをたずねてみました …

東大和市の庚申塔一覧

東大和市の庚申塔一覧  塚やお寺の一隅に、腕を何本も持った怖い顔をした像が浮彫になった石塔を見ることがあります。かっては塚が築かれたり、主要な道路の大事なところに、まつられていました。  庚申様を信仰する村人達の願いが叶 …

雲性寺(奈良橋庚申塚)の馬頭観音

雲性寺(奈良橋庚申塚)の馬頭観音   奈良橋雲性寺に庚申塔と並んで馬頭観音がまつられています。もとは、奈良橋の庚申塚にまつられていましたが、旧江戸街道の拡張のため奈良橋雲性寺にうつされました。  三面六臂(さんめんろくひ …

奈良橋庚申塚(東大和市)

奈良橋庚申塚(東大和市)  江戸街道として親しまれ、東大和市を横断する現・新青梅街道と、南北の主要道路・青梅街道の古道が交差する角に「奈良橋庚申塚」がありました。慶長11年(1606)11月、幕府から命を受け、青梅成木か …

上宅部(かみやけべ)の里(東大和市)

上宅部(かみやけべ)の里  村山貯水池の建設に伴い下堰堤付近に沈んだ古村です。手前の取水塔の辺りから右側堰堤に沿って、杉本の里、内堀の里に接して営まれました。名前の上宅部(かみやけべ)については若干の説明が必要です。   …

勝楽寺の里

勝楽寺の里  山口貯水池の建設により湖底に沈む勝楽寺の里から30戸の方々が東大和市の芋窪と奈良橋地域に移転されました。    その里は村山貯水池に沈んだ石川の里と峰を境にして隣接し、深い関わりを持っていました。  勝楽寺 …

勝楽寺地域からの移転(山口貯水池に沈んだ集落 東大和市)

勝楽寺地域からの移転(山口貯水池に沈んだ集落 東大和市)  山口貯水池の湖底に沈んだ勝楽寺地域から東大和市に移転した記録です。  村山貯水池の建設に引き続いて、昭和2年(1927)、山口貯水池の測量、建設が進められました …

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