豊鹿島神社2
豊鹿島神社本殿 2014年9月27日撮影許可 クリックで大

豊鹿島神社本殿 2014年9月27日撮影許可 クリックで大

豊鹿島神社の本殿は和様の一間社流造り(いっけんしゃながれづくり) です。

 文正元(1466)年10月3日の創建棟札から、都内に現存する室町時代のこの種の建築物の中で、最古、唯一とされます。

現在は「豊鹿島神社」と呼ばれますが、明治以前は「鹿島大明神」でした。

 祭神を武御加豆智命(武甕槌神 たけみかづちのみこと)とするところから、常陸一宮・鹿島神宮との関連が考えられます。

何よりも浮かんでくるのが中世武士団との関わりです。

 東大和市内では寛正7年2月銘板碑が3枚発見されています。
 文正は2月28日に改元されていますので、その近くの時点で、供養をする必要がある何らかの出来事があった事が想定されます。

創建大旦那の源朝臣憲光は誰れ?

文正元年棟札 出典 豊鹿島神社発行パンフレット

文正元年棟札 出典 豊鹿島神社発行パンフレット

  応仁の乱の前年、武蔵では堀越公方、古河公方、上杉氏が地元の勢力と入り乱れて戦乱が続いていました。太田道真、道灌が名を表し、創建前年の寛正6年(1465)9月には、古河公方・足利成氏が武蔵太田荘(久喜市か?)に陣した時代です。
 ところが、残念ですが、創建大旦那の源朝臣憲光については不明です。どうか、教えを頂きたくお願い致します。

「武州多摩郡上奈良橋郷」

狭山丘陵周辺中世の郷

狭山丘陵周辺中世の郷

 創建棟札には鹿島神社の所在地が「武州多摩郡上奈良橋郷」と記されています。当時の古文書などには、この郷名は見られず、創建棟札によって初めて存在が明らかになりました。

丘陵の谷ッに散在した集落が、一つの区域として「奈良橋郷」を名乗っていたことが明らかになりました。村山郷、宅部郷を勘案すると、まさに鹿島大明神周辺の独立圏が存在し、東大和市を構成した村々の集合であったことが推測されます。

狛犬

豊鹿島神社木製狛犬 2014年9月27日撮影許可

豊鹿島神社木製狛犬 2014年9月27日撮影許可

 本殿前には木製の狛犬が安置されています。市内で唯一ですが、大国魂神社や谷保天満宮など数例が知られるのみです。

阿形・吽形とも台座裏に宝暦十年(一七六〇年)加治中山下宿(埼玉県飯能市中山)の塗師の修理墨書銘があります。この時に修理をされ、本体は更に遡る製作時期が推定されます。

 拝観
拝殿での石井神主のお話 2014年9月27日撮影

拝殿での石井神主のお話 2014年9月27日撮影

   魅力的な神社内部の拝観は団体で事前に神社に申し込めば可能性があります。
 画像は2014年9月27日、東大和市観光ガイドの会が拝観をお願いしたときのものです。
 当日、石井神主さんから本殿を初めとして狛犬、獅子頭など懇切なご説明、ご案内を頂きました。
 (2016.11.25.記)
 創建伝承と江戸時代地誌  本殿棟札・本物の凄さ   奥の宮
豊鹿島神社の要石1 豊鹿島神社の要石2(武野遊草)  要石3(東大和のよもやまばなし)
 境内社1 境内社2 境内二つの碑
狛犬 獅子頭 正保四年日待燈籠
 明治十四年郷社碑 自由民権運動集会跡
 鹿島台遺跡
ふくろう 鹿島様の欅 雹(ひょう)の話