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明楽寺墓地の石造物

 高木神社境内の東側、路一つを隔てて明楽寺墓地があります。  明治の廃仏毀釈で廃寺になりました。円乗院の隠居寺とされます。その墓地が残されました。  現状は草に覆われています。2006年撮影の画像です。 詳細は別に記しま …

高木神社前の石造物

高木神社前、清戸街道に面して5体の石造物がまつられています。 道路の拡幅などにより、この地に遷されました。 享保4年・1719から昭和4年・1929に至る村人達の祈りの対象です。       …

松っこごれ地蔵

松っこごれ地蔵    高木神社の東側、妙楽寺墓地の一角に地蔵堂があります。        中に、背の高いお地蔵さんが居られます。  松ぼっくりを肩にかけ、足もとにも供えられています。  地元では「松っこごれ地蔵」「いぼ地 …

清水の伝兵衛地蔵さん

清水の伝兵衛地蔵さん    お地蔵さんは村人達の身近な祈りの対象でした。道路が広げられたりして、多くが元の場所から遠ざかってまつられています。そんな中で、道端に居られる数少ないお地蔵さんが清水の伝兵衛地蔵さんです。『東大 …

豊鹿島神社の要石3

豊鹿島神社の要石3(『東大和のよもやまばなし』)  芋窪街道、蓮花寺に隣接してこんもりした木々の間に豊鹿島神社の要石はまつられています。  鳥居をくぐりフエンスの前に進むと祠とその前に表面的には一抱えほどの石が目に入りま …

豊鹿島神社の要石2

豊鹿島神社の要石2(『武野遊草』)  要石に関しては江戸時代の見聞の記録があります。  寛政7年(1791)9月30日~10月12日にかけて、江戸青山の住人清痩園主人=石子亨が妻の父親である大久保狭南を訪ねて清水村(現・ …

豊鹿島神社の要石1

 豊鹿島神社から青梅街道を経て芋窪街道を約400メートルほど南に進むと蓮花寺があります。その南隣に、そこだけこんもりとした森になっていて、鳥居があります。左が蓮花寺で、手前が芋窪街道です。この鳥居の奥にまつられているのが …

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