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神社と寺院

豊鹿島神社本殿の棟札1(東大和市)

豊鹿島神社本殿の棟札1  かしま様・豊鹿島神社は東大和市の歴史の宝庫です。平成5年(1993)に改修した時、本殿から多くさんの棟札(むなふだ)が発見されました。現在の本殿の創建を伝え、その後の改修の状況を明らかにします。 …

豊鹿島神社に関わる地誌の記録

豊鹿島神社に関わる地誌の記録  豊鹿島神社に関わる江戸時代の地誌には『新編武蔵風土記稿』『武蔵名勝図会』『狭山之栞』などがあります。いずれも豊鹿島神社の江戸時代の姿を伝えます。内容が豊富で、示唆に富んでいます。原文の一部 …

豊鹿島神社の歴史(東大和市)

豊鹿島神社の歴史(東大和市)  豊鹿島神社の歴史を辿ります。最初につくられたのは慶雲4年(707)と伝えます。東大和市内で最も古い神社になります。  現在の本殿は文正元年(1466)に創建されました。応仁の乱の前年です。 …

蓮華寺の馬頭観音(東大和市)

蓮華寺の馬頭観音(東大和市)  蓮華寺の門を入ってすぐ右側に石仏が並びます。その一番左側に、目の前の道路方面を向いた石塔があります。  寛政11年(1799)の馬頭観音です。  村山貯水池に沈んだ石川の里、蓮華寺の旧地付 …

住吉神社境内の碑(東大和市)

住吉神社境内の碑(東大和市)  かっての住吉神社境内に三つの碑がまつられていました。  左から弁財天  雷大明神 神明社です。いずれも、村山貯水池建設に伴い、大正年代に石川の里から移転してきました。 弁財天  高 68・ …

住吉神社と御嶽神社(東大和市芋窪)

住吉神社と御嶽神社(東大和市芋窪)  都市計画道路・東大和武蔵村山線ができる前、四ッ街道の路地の奥に住吉神社と御嶽神社がまつられていました。大正年間、石川の里から村山貯水池の建設により村人と共に芋窪四丁目に移転して来まし …

円達院(東大和市の修験)

円達院(東大和市の修験)  清水村(宅部)、本山派、府中門善坊末。  修験は村に医者の少なかった江戸時代、病気になった時、お祓(はら)いや祈祷(きとう)で村人達と深い関わりを持っていました。  修験の持ち味それぞれの特色 …

阿弥陀堂跡(東大和市高木)

阿弥陀堂跡  高木神社から清戸街道を東に進んだ北側に阿弥陀堂がありました。現在の宮鍋家墓地です。  江戸時代の地誌 『新編武蔵風土記稿』  阿弥陀堂 砂にあり、二間半に三間、本尊八寸許座像なり、 『狭山之栞』  阿弥陀堂 …

高木薬師堂跡(東大和市 現・薬師堂墓地)

高木薬師堂跡(現・薬師堂墓地)   円乗院の山門に向かって左側に、高木と狭山の境界でもある小径があり、沿って墓地があります。薬師堂墓地と呼ばれます。名の通り、ここに、地元では蟹峰堂(かにみねどう)と呼ぶ薬師様をおまつりす …

慶性院の歴史(東大和市)

慶性院の歴史 寺 名 慶性院(けいしょういん)     白部山(しらべさん)医王寺と号す。中藤村・真福寺の末。 所在地 芋窪六丁目1353番地 宗 派 新義真言宗豊山派 本 尊 不動明王     多摩四国第四十一番札所 …

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