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よもやま話

内堀部落の女堰

 内堀の集落が村山貯水池に沈んで90年になります。その集落の様子を『東大和のよもやま話』が手際よくまとめています。  「多摩湖に沈んだ部落の中に「内堀」と呼ばれる三十八戸ほどの部落がありました。 北と南には松林の多い小高 …

出ば出ろ(宅部の円達坊)

昭和2年(1927)3月、村山貯水池(多摩湖)ができあがりました。 それから90年、多摩湖竣工90周年記念事業が話題になっています。 誰もが美しいと感嘆の声を上げる村山下貯水池取水塔に近い場所での伝承です。 「かって、村 …

火伏せの神様

 「この神様は誰?」  「おいなりさんかな・・・?」  「狐がまつられてるから、こっちがおいなりさんだよ」   高木神社の正面向かって左側にある境内社を巡って、謎解きが盛り上がります。  一番奥に並んでいる二つの社が話題 …

高木の獅子舞い

毎年9月になると、高木ではそこここに高木獅子舞の案内が張り出されて、一挙にムードが高まります。 江戸時代、悪疫が流行したとき、その退散を祈願して踊られたのが始まりと伝えられます。 長い歴史の間には、中断・復活を経て、平成 …

高木の塩釜様

 「高木神社の本殿に向ってすぐ右隣に、一まわり小さなお社があります。これが塩釜神社ですが、村の人たちからは「塩釜様」と呼ばれて親しまれてきました。塩釜神社は総本社が宮城県にあって、昔から安産守護の神様として、広く知られて …

こさ池とかゆ塚

 狭山丘陵周辺で、太平記をひときわ彩る話に、元弘3年(1333)新田義貞の鎌倉攻めがあります。 それは  ・久米川古戦場(東村山市)  ・将軍塚(狭山丘陵東端)・・・元弘の板碑(東村山市徳蔵寺)  ・山口観音の誓の桜(所 …

高木の笠森稲荷

東大和市には、江戸時代から信仰を厚く寄せられたお稲荷さんがたくさんあります。中でも「かさもりいなり」として親しまれたのが、青梅橋の瘡守稲荷と高木の笠森稲荷です。『東大和のよもやま話』はこう語り出します。 「向う横町の お …

青梅橋の瘡守稲荷(かさもりいなり)

かって、この場所にお稲荷さんがありました。 桜の大木があって、夏には大きな日陰をつくり、秋には見事に紅葉して道行く人の目を留めました。 江戸時代から、瘡守稲荷(かさもりいなり)と呼ばれて、当時は命取りとなった疱瘡(ほうそ …

西山の夜泣きさま

 東大和市高木、狭山丘陵の中程の高台にお稲荷様がまつられています。  個人の屋敷神ですが、子供の夜泣きが治るとの伝承が残されています。『東大和のよもやまばなし』から紹介します。   「昔から農家では豊作の神としてお稲荷様 …

比翼塚(ひよくづか)

 明治初年のお話です。高木神社の東側、少し小高くなった丘の上(松こごれ地蔵の奥)に、枯れ草に埋もれるように大小の碑が並んで立っています。 宮嶋巌之塚、宮嶋喜与と彫られています。『東大和のよもやまばなし』はこう語ります。 …

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