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よもやま話

石神の話(東大和のよもやま話)

村山下貯水池の建設とともに、湖底に沈んだ上宅部に伝わる話です。下の堤防から二つの取水塔が見えます。その奥の方に近いところでした。 そこは、石塔前という特別の名前で呼ばれていました。村人達にとって、大事な大事な「石神」様が …

かたき討の話(東大和のよもやま話)

天保年間、天候が安定せず、飢饉、物価高が続きました。80%の村人達が飢えて、お互いに融通し合って過ごす中で、行き倒れや捨て子の記録とともに、長脇差や刀を帯びた「無宿」や「渡世人」が渡り歩いたことが伝えられます。 その時、 …

きつねの嫁どり(東大和のよもやま話)

 狭山丘陵には多種の動物が棲み着き、人々と共生していたようです。イノシシは害をもたらすものとされていましたが、狐や狸とはユーモアのある交流が語られます。 村山貯水池に沈んだ石川の里(上貯水池の西端)に伝えられるのは「狐の …

きつねの恩返し

 「二つ取水塔があるでしょう。手前の方の近くにさ、村人とキツネが一緒に住んでいたんだ」  「うそ、そんなことあるはずがないじゃん。」  「キツネを飼っていたんじゃないの?」   子供達に村山貯水池を案内して、そろそろ疲れ …

子供みこしのこと

 青梅街道のかっての姿を残す蔵敷地区。秋口には灯籠がずらりと並びました。シャン、シャンシャンと賑やかに鈴の音を響かせて御神輿が渡ります。子供の祭りの日です。そのいきさつを『東大和のよもやま話』は次のように伝えます。  「 …

狭山丘陵の古狸往生記(よもやま話)

 平成29年(2017)3月11日、観光関係の講座で、蔵敷にある「やすじいの農園」(市民が農業に接し楽しむ新しい形の農園)を訪ねたときです。園主の内野氏が 「朝早くここへ来ると、この畑の間をタヌキの親子が通るんですよ。き …

つけ木の受取りメモ(37)

 細長い村で茶摘み 東大和市がまだ芋窪、蔵敷、奈良橋、高木、狭山、清水の6つの村に分かれて、狭山丘陵の麓から野火止用水際まで、それぞれに細長い村であった頃の茶摘みの話です。   全くの農村で空堀川から南には、青梅橋の一角 …

内堀部落の女堰

内堀の集落が村山貯水池に沈んで90年になります。その集落の様子を『東大和のよもやま話』が手際よくまとめています。 「多摩湖に沈んだ部落の中に「内堀」と呼ばれる三十八戸ほどの部落がありました。 北と南には松林の多い小高い山 …

出ば出ろ(宅部の円達坊)

昭和2年(1927)3月、村山貯水池(多摩湖)ができあがりました。 それから90年、多摩湖竣工90周年記念事業が話題になっています。 誰もが美しいと感嘆の声を上げる村山下貯水池取水塔に近い場所での伝承です。 「かって、村 …

火伏せの神様

 「この神様は誰?」  「おいなりさんかな・・・?」  「狐がまつられてるから、こっちがおいなりさんだよ」   高木神社の正面向かって左側にある境内社を巡って、謎解きが盛り上がります。  一番奥に並んでいる二つの社が話題 …

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