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よもやま話

ばばあのふところ

ばばあのふところ  東大和市の微笑ましい地名の一つに蔵敷の「姥の懐」(うばのふところ)があります。地元の古老はざっくばらんに「ばばあのふところ」とも呼びます。  青梅街道の蔵敷バス停から西へ約50メートル、防火貯水槽のあ …

貯水槽になった弁天池

貯水槽になった弁天池  狭山丘陵の懐に住む村人にとって、裾野の湧き口からこんこんと湧き続ける清水は宝物でした。  ほとんどの旧家がその水を日常的に利用できる位置に建てられています。  奈良橋交差点から青梅街道を西に向かい …

明楽寺の番組会所と神奈川県所属(明治4年)

明楽寺の番組会所と神奈川県所属(明治4年) 高木神社・塩釜神社の社殿の東側です。社務所との間に土蔵があります。 目立ちませんが、東大和市の明治初期を象徴する貴重な歴史遺産です。 ・独立性の強い七つの村が集まって、現在の東 …

石神の話(東大和のよもやま話)

村山下貯水池の建設とともに、湖底に沈んだ上宅部に伝わる話です。下の堤防から二つの取水塔が見えます。その奥の方に近いところでした。 そこは、石塔前という特別の名前で呼ばれていました。村人達にとって、大事な大事な「石神」様が …

かたき討の話(東大和のよもやま話)

天保年間、天候が安定せず、飢饉、物価高が続きました。80%の村人達が飢えて、お互いに融通し合って過ごす中で、行き倒れや捨て子の記録とともに、長脇差や刀を帯びた「無宿」や「渡世人」が渡り歩いたことが伝えられます。 その時、 …

きつねの嫁どり(東大和のよもやま話)

 狭山丘陵には多種の動物が棲み着き、人々と共生していたようです。イノシシは害をもたらすものとされていましたが、狐や狸とはユーモアのある交流が語られます。 村山貯水池に沈んだ石川の里(上貯水池の西端)に伝えられるのは「狐の …

きつねの恩返し

 「二つ取水塔があるでしょう。手前の方の近くにさ、村人とキツネが一緒に住んでいたんだ」  「うそ、そんなことあるはずがないじゃん。」  「キツネを飼っていたんじゃないの?」   子供達に村山貯水池を案内して、そろそろ疲れ …

子供みこしのこと

 青梅街道のかっての姿を残す蔵敷地区。秋口には灯籠がずらりと並びました。シャン、シャンシャンと賑やかに鈴の音を響かせて御神輿が渡ります。子供の祭りの日です。そのいきさつを『東大和のよもやま話』は次のように伝えます。  「 …

狭山丘陵の古狸往生記(よもやま話)

 平成29年(2017)3月11日、観光関係の講座で、蔵敷にある「やすじいの農園」(市民が農業に接し楽しむ新しい形の農園)を訪ねたときです。園主の内野氏が 「朝早くここへ来ると、この畑の間をタヌキの親子が通るんですよ。き …

つけ木の受取りメモ(37)

 細長い村で茶摘み 東大和市がまだ芋窪、蔵敷、奈良橋、高木、狭山、清水の6つの村に分かれて、狭山丘陵の麓から野火止用水際まで、それぞれに細長い村であった頃の茶摘みの話です。   全くの農村で空堀川から南には、青梅橋の一角 …

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