2019年3月8日 / 最終更新日時 : 2024年2月17日 musashinoaj 8現代 比翼塚と古文書(明治、徳川家臣の来村) 比翼塚と古文書(明治、徳川家臣の来村) 明治6年(1873)です。東大和市高木村の明楽寺の庫裡でおきた出来事を報ずる文書があります。 大まかには 仮神官宮嶋岩保の妻きよさんは、 ・本年8月に夫が死亡し、物寂しく、時々 […] 共有:Tweet
2019年2月2日 / 最終更新日時 : 2022年11月25日 musashinoaj よもやま話 高木の塩釜様(東大和のよもやまばなし7) 高木の塩釜様(東大和のよもやまばなし7) 「お産は大変だったんですね」 「今では、病院でなさるでしょう・・・」 「神様にお祈りするのもよくわかります」 「でも、どうして、高木神社と一緒に塩釜様がおまつりされてい […] 共有:Tweet
2019年2月1日 / 最終更新日時 : 2020年9月14日 musashinoaj よもやま話 高木のまんじゅっ鉦 高木のまんじゅっ鉦 火の見櫓の吊り鐘っていえば、たいてい、下のほうが丸くて上に行くにしたがってつぼまる形を思い浮かべます。ところが、そうではなくて、図のように、まん丸い鉦(かね)がかかっていたという話です。 かって、 […] 共有:Tweet
2018年10月22日 / 最終更新日時 : 2020年9月14日 musashinoaj よもやま話 熊野神社(東京都東大和市蔵敷) 熊野神社(東京都東大和市蔵敷) 位置 東大和市蔵敷一丁目419 祭神 伊弊諾(いざなぎ)・伊弊丹(いざなみ)尊 創建 不詳 内野家伝承・永禄年間(1558~1572)前後、 小島家伝承・天文2年(1533)、 […] 共有:Tweet
2018年10月21日 / 最終更新日時 : 2024年5月11日 musashinoaj よもやま話 おみたらし おみたらし 蔵敷の御嶽神社境内です。 社殿の右側、自然石の石神の近くに湧き水の小池があります。 地元では「おみたらし」と呼びます。その前です。 「みたらしと聞くと、下鴨神社の御手洗祭とみたらし団子が浮かびます。何 […] 共有:Tweet
2018年10月15日 / 最終更新日時 : 2020年9月14日 musashinoaj よもやま話 ばばあのふところ ばばあのふところ 東大和市の微笑ましい地名の一つに蔵敷の「姥の懐」(うばのふところ)があります。地元の古老はざっくばらんに「ばばあのふところ」とも呼びます。 青梅街道の蔵敷バス停から西へ約50メートル、防火貯水槽のあ […] 共有:Tweet
2018年10月14日 / 最終更新日時 : 2020年9月14日 musashinoaj よもやま話 貯水槽になった弁天池 貯水槽になった弁天池 狭山丘陵の懐に住む村人にとって、裾野の湧き口からこんこんと湧き続ける清水は宝物でした。 ほとんどの旧家がその水を日常的に利用できる位置に建てられています。 奈良橋交差点から青梅街道を西に向かい […] 共有:Tweet
2018年9月24日 / 最終更新日時 : 2024年2月10日 musashinoaj 8現代 明楽寺の番組会所と神奈川県所属(明治4年) 明楽寺の番組会所と神奈川県所属(明治4年) 高木神社・塩釜神社の社殿の東側です。社務所との間に土蔵があります。 目立ちませんが、東大和市の明治初期を象徴する貴重な歴史遺産です。 ・独立性の強い七つの村が集まって、現在の東 […] 共有:Tweet
2018年2月22日 / 最終更新日時 : 2020年9月14日 musashinoaj 6中世 石神の話(東大和のよもやま話) 村山下貯水池の建設とともに、湖底に沈んだ上宅部に伝わる話です。下の堤防から二つの取水塔が見えます。その奥の方に近いところでした。 そこは、石塔前という特別の名前で呼ばれていました。村人達にとって、大事な大事な「石神」様が […] 共有:Tweet
2018年2月20日 / 最終更新日時 : 2021年12月6日 musashinoaj 7近世 かたき討の話(東大和のよもやま話) 天保年間、天候が安定せず、飢饉、物価高が続きました。80%の村人達が飢えて、お互いに融通し合って過ごす中で、行き倒れや捨て子の記録とともに、長脇差や刀を帯びた「無宿」や「渡世人」が渡り歩いたことが伝えられます。 その […] 共有:Tweet