御嶽神社(東京都東大和市蔵敷)

御嶽神社参道
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位置 東大和市蔵敷一丁目441
祭神 不詳
   地元の方々は武州御嶽神社からの分社とする
創建 不詳
   明治3年(1870)蔵敷村から韮山県に提出した報告書では
   熊野神社の摂社・御嶽大神として記載
伝承 雨乞い おみたらし

御嶽神社への路
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 御嶽神社の参道は青梅街道より奥まっていて、分かりにくいです。市立郷土博物館か蔵敷バス停、高札場から、江戸時代の道を辿ることになります。

 市立郷土博物館からは館の前の路を西方向に進み奈良橋川の付近の三叉路の中の道を入ります。

 蔵敷バス停、高札場、村山橋からのは近くの信号機のある路を丘陵に向かって入り、奈良橋川の付近の三叉路の中の道を入ります。

 現在、周囲は竹が中心ですが、明治初年には、樅(もみ)、杉、松、檜等で囲まれていました。
鳥居は昭和62年(1987)の建設です。

鳥居(昭和62年・1987)からの社殿
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社殿の周辺
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 社殿の前に灯籠、右脇に石神と「おみたらし」(湧水地)、末社があります。
 「おみたらし」は丘陵の頂きからやや下がった所に湧く、貴重な水場でした。

 御嶽神社本殿 平成14年(2002)3月25日撮影
 祭神不詳とされますが、近隣の方々のお話から、武州御嶽神社の「大口真神」の気配を感じます。

御嶽神社本殿
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地誌類の記録

『新編武藏風土記稿』
 御獄杜 東の方にあり、小祠にて九尺に二間の覆屋を設く、南向、

『狭山之栞』
 御嶽神社の地中樅(もみ)の大木廻り一丈七尺余。

『信仰のすがたと造形』(p47)

 御嶽神社は蔵敷の小高い山の上に位置する。
 祭神不明、勧請年期も不詳で、末社を祀るが祭神名称不明である。

「明治4年(1871)社寺調」の書き上げ(『里正日誌』12p42)
 御嶽大神 社地6畝(180坪・約600㎡)本社など敷地1畝(30坪・約100㎡)
 樅(もみ)、杉、松、檜など68本

手水鉢
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 社殿左側から、灯籠、手水鉢、末社、石神と「おみたらし」。

 燈籠一対
      昭和55年(1980) 高約170㌢ 幅約70㌢

 手水鉢

   万延元年(1860)4月
 銘の彫りがしっかりしていて、次のように刻まれています。
 (正面) 奉納
 (右側面)蔵敷村  鈴木重蔵
 (左側面)萬延元申歳 四月大善日
この年は咸臨丸の米国訪問、桜田門外の変、皇女和宮の降嫁、物価高騰など変化に富んだ年でした。

石神とおみたらし

石神とおみたらし クリックで大

石神
   年代不詳
 境内の泉の側に、長さ約63㌢、径約24㌢の自然石が石神としてまつられています。
 上部に「ア」字を彫った形跡が僅かに見えるとされます。現在は確認できません。
 まつられた次第、内容などについては不明です。

おみたらし 
 時を経るに従って、規模が小さくなっていますが、決して涸れることのない自然の湧水池です。
 地元では「雨乞い」「おみたらし」の伝承を伝えます。別に書きます。

(2018.10.20.記)

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