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よもやま話

火をふところに入れた法印さん(よもやま話)

 江戸時代のことです。先ず、お話を聞いてください。『東大和のよもやまばなし』の一話です。   「清水に持宝院(じほういん)という修験の法印さんが居りました。代々学問のある家の人でした。  江戸末期のことです。その頃は副業 …

いかづちさま

 村山上貯水池に沈んだ石川の里に「いかづち山」と呼ばれる小高い山がありました。住吉神社の西側になります。  山頂に「雷大明神」(いかづちだいみょうじん)の碑がまつられていました。子供の夜泣きに御利益があり、村人達に厚く信 …

山うなぎの蒲焼きとステッキ

栄公園(さかえこうえん 東大和市南街五丁目)の一隅に奇妙なモニュメントが置かれています。 ほとんどの人が、 「これは何じゃ?」 「コウモリ傘の柄か?」 と小首をかしげます。 ところが、深い背景があり、この地に軍需工場が盛 …

欅のめざまし

東大和市の「市の木」は欅です。狭山丘陵周辺では農家には、家の周囲のどこかに欅が植えられていました。 青梅街道や志木街道のように街道筋に植えられた欅は素晴らしい景観ととともに道行く人を守り集落を守りました。防風林の役割もあ …

血とりとつつじ山

5月になると狭山丘陵はツツジの花で埋まったと伝えられます。東大和市はツツジを市の花としています。それが、現在では余り見かけなくなりました。 今日の紹介は大正から昭和初年の頃の伝承です。山懐に抱かれるように集落があり、狭山 …

行人塚(ぎょうにんづか)

 村山貯水池に沈んだ地域に東大和市周辺では珍しい姨捨山(うばすてやま)に近い伝承があります。『東大和のよもやまばなし』から紹介します。 「湖底に沈んだ村の南側に続く狭山丘陵の中に、大筋端という所があり、その山の中に塚があ …

馬方勝っあん

 村山貯水池が建設される前の話です。湖底には162戸の家があり、古くからの集落を形成していました。  画像の上方、左から二番目の凹凸の辺りに「内堀」があり、今回の主人公の舞台・内堀の店がありました。      湖底に沈ん …

辻しょうげ

 自動車の往来がなく、道路がおもに人が歩く場所だった頃のことです。曲がり角や道筋が三角形に交差するところがありました。そこには、こんもりした塚があって、お地蔵さんや馬頭観音、時には幣束(へいそく)がまつられていました。 …

雹(ひょう)の話

何となく天候異変が気になります。何億年かの周期で起こる地球の宿命か?そんなことはない、お前様たち人類が原因なのさ、と云われているようで気詰まりです。案外、当たっているのかも知れません。  それはともかく、まあ、聞いて下さ …

しし穴の話

 タヌキやキツネは化かされたり化けたりして里人と交流します。ところが、いのししは少し違ったようです。『東大和のよもやま話』は次のように語り出します。 モニュメント・いのしし(郷土博物館前) 「狭山丘陵には昔、猪が多く農作 …

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