ブログ

6近世

庚申塔をまつった背景(東大和市)

庚申塔をまつった背景  庚申塔を拝すると、文字を刻んだものもありますが、多くが真ん中に怖い顔をした像が彫られ、周りにいろいろなものが彫られています。庚申塔をまつった背景が辿れそうなので、この謂(い)われをたずねてみました …

東大和市の庚申塔一覧

東大和市の庚申塔一覧  塚やお寺の一隅に、腕を何本も持った怖い顔をした像が浮彫になった石塔を見ることがあります。かっては塚が築かれたり、主要な道路の大事なところに、まつられていました。  庚申様を信仰する村人達の願いが叶 …

雲性寺(奈良橋庚申塚)の馬頭観音

雲性寺(奈良橋庚申塚)の馬頭観音   奈良橋雲性寺に庚申塔と並んで馬頭観音がまつられています。もとは、奈良橋の庚申塚にまつられていましたが、旧江戸街道の拡張のため奈良橋雲性寺にうつされました。  三面六臂(さんめんろくひ …

奈良橋庚申塚(東大和市)

奈良橋庚申塚(東大和市)  江戸街道として親しまれ、東大和市を横断する現・新青梅街道と、南北の主要道路・青梅街道の古道が交差する角に「奈良橋庚申塚」がありました。慶長11年(1606)11月、幕府から命を受け、青梅成木か …

丸彫地蔵尊(東大和市庚申墓地)

丸彫地蔵尊   奈良橋 庚申塚墓地 文化4年(1807)  奈良橋五丁目、庚申塚墓地に、秩父、坂東、西国の百所めぐり完遂を記念して建立した丸彫地蔵尊があります。 文化4年(1807)のことです。村山貯水池の湖底に沈んだ内 …

馬頭観音をまつった背景(東大和市)

馬頭観音をまつった背景(東大和市)  東大和市内には、寛政3年(1791)を最初として、昭和2年((1927)まで、23基(19基確認)の馬頭観音様がまつられています。どのような経過で村の人々はおまつりしたのでしょうか。 …

藁餅(わらもち)で飢饉を切り抜けよ!!

藁餅(わらもち)で飢饉を切り抜けよ!!  天明三年、幕府のお達し  天明3年(1783)10月3日、幕府代官所の飯塚 伊兵衛から、東大和市域の村々にお触れが届きました。   「御勘定所」より「飢饉で食糧が不足し、米価が高 …

飢饉の貯えに田螺(たにし)を拾え

飢饉の貯えに田螺(たにし)を拾え 天明8年(1788)7月10日  幕府役人飯塚常之丞から、東大和市域の村々に次のような通達が出されました。 飢饉のための貯(たくわえ)に田螺(たにし)を拾い集めよ ・水田や小溝(こみぞ) …

玉川上水の開削の背景、ルートは?

玉川上水の開削の背景、ルートは?  玉川上水が身近にあるだけに、これだけのものが、何時、どのようにして造られたのか、知りたくなります。 1進む江戸の整備、水不足  家康の関東入府後50年を経て、江戸の整備が進み、参勤交代 …

玉川上水・野火止用水の東大和周辺の現状

玉川上水・野火止用水の東大和周辺の現状  玉川上水・野火止用水と東大和の歴史的な関わりは、「東大和市と玉川上水・野火止用水との関わり」に記しました。今回はその要所をご案内」します。現状は大きく変化し、よほど注意しないとそ …

1 2 3 4 »
PAGETOP
Copyright © 東大和の歴史 All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.